2011年3月4日金曜日

「信長」をコミュニケーションの視点から考えるようになった理由(コミュニケーション百景* 第3回)

先日、ある世論調査で菅内閣の支持率が発足以来最低を記録した。

混沌とする時代には、それを打破してくれるリーダーの役割が強く期待されている、ということであろう。

今回の「コミュニケーション百景」から以前書きためていた、ある“リーダー”のコラムを振り返り、現代のヒントを見出したていきたいと思う。

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変化の時代のリーダーとして、昔から多くの方々が「信長」を語ってきた。

司馬遼太郎、津本陽、童門冬二、堺屋太一、そして最近では『本能寺』で話題になった池宮彰一郎や『信長燃ゆ』の安部龍太郎など、それぞれ独特の視点で「信長」を捉え、変革期のリーダーとして描いている。

私自身は、歴史小説家でもなければ、歴史を専門に追いかけてきた人間でもない。私の専門はコミュニケーションである。企業戦略とコミュニケーション戦略、リーダーシップとコミュニケーション、ブランドとコミュニケーションといった事柄に関して、コミュニケーション・コンサルタントとして日々の実践を通じて研究してきた。

人間社会の様々な事象の背後にあるコミュニケーションという世界を探求してきた者である。

その私が、なぜ「信長」を論ずるのか。
 
ある勉強会で、最近、話題のコーポレート・ブランディングの話をしていた時に、参加者のひとりのある経営者から
「コーポレート・ブランディングの考え方はよくわかるが、出てくる例は、皆な外国人の経営者ばかり。誰か日本人の経営者の例はないのか」
と質問された。なるほど、もともとコーポレート・ブランディングの考え方は90年代アメリカで試行錯誤の中、生まれてきたものであるから、日本人の例などまだないという思い込みがあった。日本人で誰かいないかと考えた時、咄嗟に思いついたのが「信長」である。

実は、信長に関しては、昔から個人的に興味を持っていたが、自分の専門であるコミュニケーションという観点から眺めたことはなかった。この勉強会以来、「信長」をコミュニケーションという視点から考えるようになった。
 
(つづく)
 
*「コミュニケーション百景」。このシリーズのモットーは“コミュニケーションを24時間考える”です。寝ても覚めてもコミュニケーションを考えることを信条にしています。コミュニケーションでいろいろと思いつくことを書き綴っていきたいと思っています。(前回はこちらから)

~~~~~~~~~~~~~~~筆者経歴~~~~~~~~~~~~~~~~~

田中 慎一フライシュマン・ヒラード・ジャパン 代表取締役社長

1978年、本田技研工業入社。
83年よりワシントンDCに駐在、米国における政府議会対策、マスコミ対策を担当。1994年~97年にかけ、セガ・エンタープライズの海外事業展開を担当。1997年にフライシュマン・ヒラードに参画し日本オフィスを立ち上げ、代表取締役に就任。日本の戦略コミュニケーション・コンサルタントの第一人者。近著に「
オバマ戦略のカラクリ」「破壊者の流儀 不確かな社会を生き抜く”したたかさ”を学ぶ 」(共にアスキー新書)がある。

☆twitterアカウント:@ShinTanaka


2011年3月2日水曜日

ロビイングの本質を実感する(後編)(戦略コミュニケーションの温故知新* 第7回)

(前回からの続き)
はじめは、それらのレポートを読むことに努力したが、すべて英文でもあり、数週間で諦めた。いったい誰がこれらのレポートを読むのかと訝った(いぶかった)ものである。ただ実感したことは収集している情報の殆どが公の情報であるという事実である。

ロビイングと言えば、裏情報ばかりを扱っているものと想像していたが、実際は誰でもが入手できる情報がほとんどなのである。

別の視点から言うとアメリカではかなり多くの情報が公にされているということである。政策や法案が決まるプロセスが相当に透明である。そこでやり取りされる情報は誰もがアクセスできる。

重要なのは、それらの情報から何を読み取るか、さらにはそれらの情報をどう意味づけるか、そして、その中である個別の政策や法案に対する企業の立ち位置をどうつくり、伝えていくかがロビイングの中核業務であることが分かってきた。

言い換えれば、様々な情報が公にされているからロビイングが成り立つのである。

情報開示と透明性がロビイングという活動を支えている。

実際のところロビイングは国民の権利としてアメリカの憲法で保障されているのである。

この事実は“目から鱗(うろこ)”であった。

*「戦略コミュニケーションの温故知新」。このシリーズでは一度、原点回帰という意味で私のコミュニケーションの系譜を振り返り、整理し、そこから新たな発想を得ることが狙いです。コミュニケーションの妙なるところが伝えられれば幸いだと考えます。

~~~~~~~~~~~~~~~筆者経歴~~~~~~~~~~~~~~~~~

田中 慎一フライシュマン・ヒラード・ジャパン 代表取締役社長

1978年、本田技研工業入社。
83年よりワシントンDCに駐在、米国における政府議会対策、マスコミ対策を担当。1994年~97年にかけ、セガ・エンタープライズの海外事業展開を担当。1997年にフライシュマン・ヒラードに参画し日本オフィスを立ち上げ、代表取締役に就任。日本の戦略コミュニケーション・コンサルタントの第一人者。近著に「
オバマ戦略のカラクリ」「破壊者の流儀 不確かな社会を生き抜く”したたかさ”を学ぶ 」(共にアスキー新書)がある。

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2011年3月1日火曜日

「信頼をする」のではなく、「信頼をつくる」(戦略コミュニケーションで斬る*第6回)

「信頼をする」のではなく、「信頼をつくる」。

あるスポーツ・コメンテーターがザッケローニ監督は選手を信頼しているから日本はサッカーアジア大会で優勝できたと言及した。これは逆である。重要なことは監督が選手を信頼するのではなく、監督が選手に信頼されることである。

監督が選手から信頼されているから、選手は監督の戦略に従い一生懸命仕事をする。

では監督は選手から信頼されるためには何をするのか。

ザッケローニ監督は
「選手のスキル、テクニック、技術を知るだけではダメ、選手の性格を知らないと個々の選手に何を期待できるかわからない。」
と言っている。ここで重要なのは、選手に何を期待できるのかを見極めることである。

ホンダの創始者本田宗一郎さんが
「人生は“得手に帆を上げて”生きるのが最上。会社の上役は、下の連中が何が得意であるかを見極めて人の配置を考えるのが経営上手というものだ」
と語っている。これは言い換えると、個々の選手の強みを把握、何を期待できるかを見極め、戦略実現のための選手の配置を考えるということである。これによって選手は自分の強みが活かされているという自覚が生まれる。これが監督への信頼につながる。

選手との日頃のコミュニケーションを通じて、個々の選手から何を期待できるのかを見極めるザッケローニ監督の努力が優勝に結びついたと言える。

本田宗一郎さんは一方で
「社員の方も“能ある鷹は爪をかくさず”で、自分の得手なものを上役に申告することだ」
とも言っている。選手の方も、自分の得手、強みを監督にしっかりと認識してもらうことが重要。しかしながら、その得手・強みは自他共に認められるものでなくてはならない。独り善がりのものでは「能なし鳶(とんび)は爪をかくさず」になってしまう。

自分に何が期待されているのか、自分はその期待に何で貢献できるのか、その貢献が自他共に認められるためにはどうするか、その中で自分の立ち位置をしっかりつくることが求められる。

そもそも信頼をつくるとは双方向的なものである。

一方が他方に信頼しても他方からも信頼されなければまったく意味がない。ただし、双方向的とは言え、やはり、先に「信頼をつくる」ことを仕掛けるのはリーダーの仕事である。

信頼の醸成はまさにリーダーシップ・コミュニケーションの本質である。

*「戦略コミュニケーションで斬る」。このシリーズでは、様々な時事的な事象を捉えて、戦略コミュニケーションの視点から分析、戦略コミュニケーションの発想から世の中を見ていきます。(前回の「戦略コミュニケーションで斬る」はこちらから)

~~~~~~~~~~~~~~~筆者経歴~~~~~~~~~~~~~~~~~

田中 慎一フライシュマン・ヒラード・ジャパン 代表取締役社長

1978年、本田技研工業入社。
83年よりワシントンDCに駐在、米国における政府議会対策、マスコミ対策を担当。1994年~97年にかけ、セガ・エンタープライズの海外事業展開を担当。1997年にフライシュマン・ヒラードに参画し日本オフィスを立ち上げ、代表取締役に就任。日本の戦略コミュニケーション・コンサルタントの第一人者。近著に「
オバマ戦略のカラクリ」「破壊者の流儀 不確かな社会を生き抜く”したたかさ”を学ぶ 」(共にアスキー新書)がある。

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2011年2月25日金曜日

ロビイングの本質を実感する(前編)(戦略コミュニケーションの温故知新* 第6回)

ワシントンに赴任してから数ヶ月間は飯塚所長に連れられていろいろな人に会った。トヨタ、日産、日本自動車工業会、大使館などワシントン在住の関係者、米国の議員、政府関係者、などである。

ロビイング (Lobbying)というからには、さぞかし水面下の裏話でもするのかと思いきや表面的な情報交換で終始する。ワシントンの高級ホテルで暗躍するロビイストのイメージを持っていただけに当てが外れた。

実際のところロビイングは必ずしも水面下で動くことばかりではない。正々堂々と企業を代表して議員に会い、政策変更の論陣を張ることもある。また、ロビイングと似た言葉で Government Relations(GR)、Public Affairs(PA)がある。

Lobbying、GR、PAとこれらの概念を明確に区別することに然して意味はないが、

Lobbyingは政策や法案の内容に直接影響を与える活動、

GRは政府との包括的なコミュニケーション活動、

PA(Public Advocacyとも言う)は政策や法案に影響を与えるため世論の支持を取り付ける活動

と大まかに整理できる。

日本の自動車会社の中ではホンダがワシントン事務所設置の先鞭をつけた。アメリカ人だった初代の所長はビル・トリプレットというワシントンでは名を馳せたロビイストであったらしい。当時、トリプレットは攻めのロビイングを志向、守りのロビイングを方針とする米国ホンダの考え方と対立した。

結果、トリプレットは去り、二代目の所長として日本人の飯塚さんが着任した。1983年当時のホンダのワシントン事務所は積極的なロビイングは行っていなかった。トヨタ、日産と異なり、所謂、大物ロビイストも雇っていなかった。米国運輸省からの規制情報の収集、分析や議会での自動車関連法案情報のモニタリングが中心となっていた。1メートル以上に積み上がるほどのレポートが毎日“生産”されていた。

(つづく)

*「戦略コミュニケーションの温故知新」。このシリーズでは一度、原点回帰という意味で私のコミュニケーションの系譜を振り返り、整理し、そこから新たな発想を得ることが狙いです。コミュニケーションの妙なるところが伝えられれば幸いだと考えます。(前回はこちらから)

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田中 慎一フライシュマン・ヒラード・ジャパン 代表取締役社長

1978年、本田技研工業入社。
83年よりワシントンDCに駐在、米国における政府議会対策、マスコミ対策を担当。1994年~97年にかけ、セガ・エンタープライズの海外事業展開を担当。1997年にフライシュマン・ヒラードに参画し日本オフィスを立ち上げ、代表取締役に就任。日本の戦略コミュニケーション・コンサルタントの第一人者。近著に「
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2011年2月24日木曜日

“覚悟”を伝えるための方程式と3つの行動(後編)(戦略コミュニケーションで斬る*第5回)

前回からのつづき)

下手な弁解や主張をすれば、“逃げている”という印象を与え、世論の批判はさらに加速度を増して企業を追っかけてくる。

企業トップが、そして企業全体がその覚悟をどれだけ“行動”で示せるかがクライシスを乗り切るための要である。それには基本的に3つの“行動”が求められる。

①まず、クライシスによって生じた被害の更なる拡大を抑えることを最優先することである。

生じてしまった被害への手当ても重要であるが、そこに気を捉えられ過ぎて新たな被害の発生を防止できず、被害者を増やす結果になる。また、被害の拡大を抑えることが企業利益の観点から矛盾する事態も起こる。例えば、まだ事故の原因が判明していない段階で流通した全商品を回収するなどは企業に経済的に莫大な損失を与える。

経営トップはクライシス対応と企業利益のどちらを優先するのかの判断に迫られる。企業利益を優先、未然防止の対応が不十分で、仮に被害が拡大すれば回避しようとした経済的損失より遥かに大きな様々な損害を企業は被ることになる。経営陣の交代、ブランド価値の毀損、社会的評価の崩壊、社員の帰属意識の低下、販売の減少、当局からの調査などである。クライシスに対する経営トップの“覚悟”の程が試される。

②次は社内の危機意識の醸成である。これによって、社員のひとりひとりにクライシスに対する当時者意識を植え付け、それぞれの持ち場でしっかりと対応することができるようになる。組織全体のクライシスに対する感度が飛躍的に高まる。結果として新たなクライシスの連鎖を防ぎ、その終息を加速化する。企業のステークホルダーとの接点は社員が担っている。そこに当事者としての危機意識が醸成されれば、周りにしっかりとそれが伝わる。社内の覚悟が伝わってくる。

③最後は、クライシスを一刻でも早く終息させるために様々なステークホルダーの協力を取り付けることである。クライシスの内容が深刻であればあるほど企業だけの単独の対応では限界がある。企業のあらゆるステークホルダーに協力を呼びかけ、クライシスの終息をはかる姿勢を示すことは重要である。クライシスを一刻も終息させるためには、社員に限らず、顧客、流通チャネル網、下請け企業などの取引先、監督官庁、自治体、警察などの当局、地域住民、社員の家族などより幅広いステークホルダーへの協力の取り付けることが肝要である。クライシスに対する企業のリーダーシップを発揮することが企業の覚悟を示すことになる。

これらの3つの行動をとる際に従うべきひとつの原則がある。覚悟を示すための方程式である。

それは“他に痛みを求める前に、まず自らが痛みを感受する”という原則である。これがないと“覚悟”は伝わらない。これが覚悟を示すための序曲である。覚悟を示す最高責任者は経営トップである。その進退をかけ、自分の利害を省みない姿勢、企業利益に引きずられない判断力、競争相手も含むあらゆるステークホルダーに協力を呼びかける勇気など、これらの要素が経営トップの覚悟をメッセージとして伝える。日本の政治は今クライシス・ステージに入っている。

国民は政治から“覚悟”を求めている。

政治が“覚悟”を国民に示さない限り、被害者意識を国民は持ち続ける。与党も野党もその“覚悟”を国民に伝え、政治に対する当事者意識を醸成することが使命である。

*「戦略コミュニケーションで斬る」。このシリーズでは、様々な時事的な事象を捉えて、戦略コミュニケーションの視点から分析、戦略コミュニケーションの発想から世の中を見ていきます。(前回の「戦略コミュニケーションで斬る」はこちらから)

~~~~~~~~~~~~~~~筆者経歴~~~~~~~~~~~~~~~~~

田中 慎一フライシュマン・ヒラード・ジャパン 代表取締役社長

1978年、本田技研工業入社。
83年よりワシントンDCに駐在、米国における政府議会対策、マスコミ対策を担当。1994年~97年にかけ、セガ・エンタープライズの海外事業展開を担当。1997年にフライシュマン・ヒラードに参画し日本オフィスを立ち上げ、代表取締役に就任。日本の戦略コミュニケーション・コンサルタントの第一人者。近著に「
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2011年2月22日火曜日

ホンダ、ワシントンDC事務所での葛藤(戦略コミュニケーションの温故知新* 第5回)

1983年10月にホンダの米国ワシントンDC事務所に赴任した。当時のワシントン事務所の陣容は6人。

日本人の所長1名、米国人のマネージャー1名、米国人アシスタント・マネージャー1名、そして米国人スタッフ3名、合計6名である。そこに自分が加わり、7名体制となる。

国籍でいうと日本人2名、米国人5名であるが、男女比で見ると、日本人以外はすべて女性である。

直属の上司は事務所長である飯塚さんという方で、ワシントンに来られる前は、本社の北米営業部長、その前はドイツ・ホンダ社長を歴任、元々は伊藤忠商事の出身である。当時、ホンダで英語の達人ベスト3の1人に数えられていた人である。

着任早々、マネージャーであるトニー・ハリングトン女史からオリエンテーションを受ける。彼女とは直接の上下関係はない。タイトルで言えば、彼女はManager、こちらはAssistant to Senior Vice President(SVP)といった曖昧な位置づけである。

当時の米国ホンダには社長のほかに7~8人ほどの日本人SVPが存在、四輪販売、二輪販売、汎用販売、研究開発、総務人事など各部門を統括、それぞれに日本人のAssistant to SVPがつく。自分の場合も政府交渉などのロビイングとPublic Relations(PR)部門の立ち上げを統括する飯塚事務所長に直接つくといった立場である。

一種の“黒子”の役割を期待されている。米国人からすると少々煙たい存在でもある。正式な組織図に入らない立場なので、権限や役割があまり明確になっていない。それでも日本人であるため、米国内の日本人同士のコミュニケーション、日本本社とのコミュニケーションをはかる上で重要な役割を担うポストでもある。

この2重構造という一見指揮系統に曖昧さを残した組織形態が、結果として80年代の日米通商自動車摩擦とホンダが戦う上で威力を発揮することになる。

いずれにせよ、この2重構造を彼女も心得ている。自分の仕事にこの若い日本人をどこで役立たせるか、慎重に品定めをしている。さすがにワシントンではそれなりに名を馳せたロビイストらしく、机がいっぱいになるほどの書類を持ち込まれ、延々と説明が始まった。

正直、まったくわからない。ロビイング自体何をやるのか、皆目検討がつかない。どえらい所に来てしまったというのが率直な気持ちだった。

*「戦略コミュニケーションの温故知新」。このシリーズでは一度、原点回帰という意味で私のコミュニケーションの系譜を振り返り、整理し、そこから新たな発想を得ることが狙いです。コミュニケーションの妙なるところが伝えられれば幸いだと考えます。(前回はこちらから)

~~~~~~~~~~~~~~~筆者経歴~~~~~~~~~~~~~~~~~

田中 慎一フライシュマン・ヒラード・ジャパン 代表取締役社長

1978年、本田技研工業入社。
83年よりワシントンDCに駐在、米国における政府議会対策、マスコミ対策を担当。1994年~97年にかけ、セガ・エンタープライズの海外事業展開を担当。1997年にフライシュマン・ヒラードに参画し日本オフィスを立ち上げ、代表取締役に就任。日本の戦略コミュニケーション・コンサルタントの第一人者。近著に「
オバマ戦略のカラクリ」「破壊者の流儀 不確かな社会を生き抜く”したたかさ”を学ぶ 」(共にアスキー新書)がある。

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2011年2月18日金曜日

“覚悟”を伝えるための方程式と3つの行動(前編)(戦略コミュニケーションで斬る*第4回)

今の日本の政治的混乱は政策の問題というよりも国民とのコミュニケーションの問題により起因している。

国民の空気が読めない日本の政治の問題である。結果として国民の政治に対する被害者意識を生み出し、国民が政治に対して聞く耳を持たなくなってしまった。

国民の被害者意識を払しょくし、当時者意識を醸成しないと日本の政治の半身不随の状況はつづく。空前の財政危機、社会保障制度の崩壊、経済活力の停滞などの大きな課題を乗り越えるためにはどうしても国民の当時者意識を醸成することが必要不可欠である。国民の被害者意識を払しょくするには政治の覚悟を示すしかない。

国民は政治に今、覚悟を求めている。政策云々の話よりも民主党、自民党どちらが日本を変えるための“覚悟”があるのか、その本気度を見ようとしている。しかしながら、国民が今見ている日本の政治の風景は「民主党は支持率を上げることに汲々として、受け狙いの発信をしている、自民党は与党との協議に頑強に応じず、とにかく解散、解散と連呼、政権奪取を狙う」党利党略に走る政治の姿である。

事実の是非はともかく、国民にはそのように日本の政治が見える。これでは政治の覚悟など国民には全く伝わらない。一方、言葉で“覚悟がある”と連呼しても国民にとっては絵空事として映る。“覚悟”は唯一行動で示す以外にない。

企業クライシス・コミュニケーションという分野がある。その内容は企業が危機に直面した際にどのような立ち位置を取るべきか、そのためには誰に対して、どのようなメッセージを、どのタイミングで、どのような方法で伝えるかを指南するコミュニケーション・コンサルテイングである。企業が事故や事件を起こすとかならず「加害者 vs 被害者」の構図が生まれる。企業は“加害者”として一挙に色を塗られ、一方的な批判に晒される。

このようなクライシス・モードに入ってしまった企業にとって残された道は、事故や事件によって起こった被害を一刻も早く終息させるために、その“覚悟”をどれだけ示せるかである。これが状況を打開するための企業にとっての唯一の武器なのである。言い換えれば、「当事者意識をもって事に当たっている」という姿勢を強く示す以外に助かる道はない。(つづく)


*「戦略コミュニケーションで斬る」。このシリーズでは、様々な時事的な事象を捉えて、戦略コミュニケーションの視点から分析、戦略コミュニケーションの発想から世の中を見ていきます。(前回の「戦略コミュニケーションで斬る」はこちらから)

~~~~~~~~~~~~~~~筆者経歴~~~~~~~~~~~~~~~~~

田中 慎一フライシュマン・ヒラード・ジャパン 代表取締役社長

1978年、本田技研工業入社。
83年よりワシントンDCに駐在、米国における政府議会対策、マスコミ対策を担当。1994年~97年にかけ、セガ・エンタープライズの海外事業展開を担当。1997年にフライシュマン・ヒラードに参画し日本オフィスを立ち上げ、代表取締役に就任。日本の戦略コミュニケーション・コンサルタントの第一人者。近著に「
オバマ戦略のカラクリ」「破壊者の流儀 不確かな社会を生き抜く”したたかさ”を学ぶ 」(共にアスキー新書)がある。

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