2011年5月4日水曜日

福沢諭吉「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」に学ぶコミュニケーション(コミュニケーション百景 第10回)

「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」

福沢諭吉の「学問のすすめ」の有名な冒頭の一節である。

この一節は単に人間すべて平等ということを謳っている訳ではない。

文明の進化、もっと端的に言うと文明の進化を支える物質的豊かさを実現する新しい「関係性」のあり方について言及したものである。

夏目漱石は近代社会の本質を「関係性」の視点から捉えた数少ない明治人のひとりであったが、もう一人、「関係性」という尺度から近代日本の本質を洞察した明治人が福沢諭吉であった。

夏目漱石がこの「関係性」を「呪縛」と捉え、“煩わしいもの”として考えたのに対して、福沢諭吉はより積極的な視点から考えた。

福沢諭吉はお馴染みの一万円札の顔である。

なぜ福沢諭吉が一万円札の表紙を飾ったかという背景については詳しくは知らないが、差し詰め、
「文明男子の目的は銭にある」
と表立って言い切って憚らなかった福沢諭吉の姿勢からきたものという推測もつく。

「文明男子の目的は銭にある」などは今時十分納得のいくことであり、昨今、「ホリエモン」騒動で七転八倒している自民党長老議員や放送業界、実業界のドン達などは福沢諭吉の爪の垢でも煎じて飲ませれば良い。

近代社会の最も大きな特徴は物質的、経済的豊かさを実現したことである。

その豊かさによって文明の進歩が支えられている。

「文明男子の目的は銭にある」という福沢諭吉の言葉は、このような文脈の中で語られたもので、文明男子たる者「文明進歩」の尖兵たれと発破をかけているのである。

近代とそれ以前の社会とを区別する最も大きな違いは物質的、経済的豊かさの飛躍的向上である。

これはふたつの社会的関係性の変化によってもたらされた。

「分業の関係性」と「競争の関係性」である。

この社会的関係性の変化が大幅な生産性の飛躍につながることを最初に指摘したのが、「国富論」で有名な経済学の祖であるアダム・スミスである。

「国富論」の中で、アダム・スミスは「分業」という「関係性」が生まれたことによって従来はギルドという職人組合によって特定の職人に独占されていた様々な商品の製造プロセスに職人でない普通の人でも参加できるようになり、製造の生産性を大幅に引き上げた。

一方、それらの商品が取引される「市場」は「自由競争」という「競争の関係性」が導入されたことによって経済資源配分の最適化が実現することを説いた。

この2つの「関係性」が起動するためには従来の封建的身分制度からの開放が必要であり、人々はその身分や出自にかかわらず、自ら社会との「関係性」を積極的に構築する時代に入ったことを意味した。

その「関係性」がヒト、モノ、カネ、情報という資源を動かし、様々な経済活動を生み出し物質的な豊かさを実現した。

そして、ヒト、モノ、カネ、情報という事業資源をより有効的に囲い込む「関係性」を創り上げた者が市場における競争関係で他を駆逐するといった世界が出現した。
「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」
という一節は、このような時代認識の中で理解されるものである。(つづく)

*「コミュニケーション百景」。このシリーズのモットーは“コミュニケーションを24時間考える”です。寝ても覚めてもコミュニケーションを考えることを信条にしています。コミュニケーションでいろいろと思いつくことを書き綴っていきたいと思っています。

~~~~~~~~~~~~~~~筆者経歴~~~~~~~~~~~~~~~~~

田中 慎一フライシュマン・ヒラード・ジャパン 代表取締役社長

1978年、本田技研工業入社。
83年よりワシントンDCに駐在、米国における政府議会対策、マスコミ対策を担当。1994年~97年にかけ、セガ・エンタープライズの海外事業展開を担当。1997年にフライシュマン・ヒラードに参画し日本オフィスを立ち上げ、代表取締役に就任。日本の戦略コミュニケーション・コンサルタントの第一人者。近著に「
オバマ戦略のカラクリ」「破壊者の流儀 不確かな社会を生き抜く”したたかさ”を学ぶ 」(共にアスキー新書)がある。

☆twitterアカウント:@ShinTanaka

2011年5月2日月曜日

グローバル化するコミュニケーション(後編)(コミュニケーション百景 第9回)

(からの続き)日本的なコミュニケーションは、プロレスのように、見える部分と見えない部分の微妙なバランスの上で成り立っている。

コミュニケーションのグローバル化は「公」(Public)の世界での戦いである。

グローバルという異文化世界が錯綜するところでは、オモテの世界での勝敗しか認められない。

日本は欧米と比べると、非常に「ブラック・ボックス」化した社会である。

企業や国の意思決定や情報共有の部分で多くの「ブラック・ボックス」が存在する。

情報は限定された当事者間で囲い込まれており、意思決定のプロセスも不透明な部分が多い。

情報開示と透明性は時代の要請であり、避けては通れない時代のうねりである。

このグローバルな流れが、この日本的な不透明さを一気に押し流す。

もはや、オモテとウラをうまく使い分ける従来のやり方は通用しない。

企業も国も、これからは、「公」(Public)の舞台に引きずり出される時代なのである。

それは「世論」であり、さらに国の場合は「国際世論」という舞台である。

そこではオモテの世界のルールに従ったコミュニケーションのやり方が強さを発揮する。

従来の当事者間での「利害」中心のウラのコミュニケーションから当事者関係を超えた「共感」中心のオモテのコミュニケーションへのパラダイム転換である。

「公」(Public)の世界でどう戦うか。

開かれた世界において、メッセージ性を高めるコミュニケーション力学を身につけることが必要不可欠な時代になる。

*「コミュニケーション百景」。このシリーズのモットーは“コミュニケーションを24時間考える”です。寝ても覚めてもコミュニケーションを考えることを信条にしています。コミュニケーションでいろいろと思いつくことを書き綴っていきたいと思っています。

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田中 慎一フライシュマン・ヒラード・ジャパン 代表取締役社長

1978年、本田技研工業入社。
83年よりワシントンDCに駐在、米国における政府議会対策、マスコミ対策を担当。1994年~97年にかけ、セガ・エンタープライズの海外事業展開を担当。1997年にフライシュマン・ヒラードに参画し日本オフィスを立ち上げ、代表取締役に就任。日本の戦略コミュニケーション・コンサルタントの第一人者。近著に「
オバマ戦略のカラクリ」「破壊者の流儀 不確かな社会を生き抜く”したたかさ”を学ぶ 」(共にアスキー新書)がある。

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2011年4月29日金曜日

グローバル化するコミュニケーション(前編)(コミュニケーション百景 第8回)

グローバル化が加速する中で、日本のコミュニケーションのあり方が大きく変わろうとしている。

コミュニケーションの黒船来襲である。

従来の日本のコミュニケーションのあり方は、「波風を立てない」ということがその根底にある。

これは「ホンネとタテマエ」という日本独特の思考プロセスに起因している。

オモテのコミュニケーションとウラのコミュニケーションである。

日本の組織風土では、まずウラのコミュニケーションとして、根回しを関係者に行い、大体「落としどころ」が見極められてから、オモテのコミュニケーションである正式な会議で「落としどころ」が確認される。

これは、会議では「波風を立てない」という暗黙の了解に基づいておこなわれる。

程度の差はあるにせよ、日本的組織では共通するコミュニケーションのあり方である。

一方、グローバル的に見たコミュニケーションの主流は、逆に「波風を立てる」やり方である。

敢えて波風を立てるような強いメッセージを発信することによって、自己のポジショニングをより明確に主張する。

そこからの反動を利用して、自らのメッセージ性を更に高める。

そして、最初からオモテの世界で勝負をする。

日本的コミュニケーションとグローバル的コミュニケーションを「プロレス」対「K1」
の構図に喩えた人がいた。

「プロレス」は血を流しながら双方とも戦うが、どこかに「落としどころ」を探り
ながら闘う。この「探り合い」は観客には見えない。つまり、見える部分と見えない
部分の妙がある。ところが、K1は「落としどころ」などは考えない。

とにかく、観客の目の前で相手を実際に叩き潰す。見える部分での勝敗しか認めない。(つづく)

*「コミュニケーション百景」。このシリーズのモットーは“コミュニケーションを24時間考える”です。寝ても覚めてもコミュニケーションを考えることを信条にしています。コミュニケーションでいろいろと思いつくことを書き綴っていきたいと思っています。

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田中 慎一フライシュマン・ヒラード・ジャパン 代表取締役社長

1978年、本田技研工業入社。
83年よりワシントンDCに駐在、米国における政府議会対策、マスコミ対策を担当。1994年~97年にかけ、セガ・エンタープライズの海外事業展開を担当。1997年にフライシュマン・ヒラードに参画し日本オフィスを立ち上げ、代表取締役に就任。日本の戦略コミュニケーション・コンサルタントの第一人者。近著に「
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2011年4月27日水曜日

日本のコミュニケーションは、どこが違うのか(コミュニケーション百景* 第7回)

今回のブログは、今までのツイートの中からコミュニケーションに関するものについて、語り尽くせなかったものを書き込んで行きたいと思います。
 @shintanaka 3月11日 8:19 のツイート 
日本のグローバル戦略は未だ現地最適が基本。現地日本人駐在者による関東軍方式。これからは現地最適とグローバル最適を分けること肝要。ヒト・カネ・コミュニケーションはグローバル最適。特にネットの時代、コミュニケーションのグローバル最適は必須。本社のグローバル広報機能強化は不可欠。
‎80年代、「米国ホンダ」という関東軍のメンバーだった。日本に何がわかる!アメリカのことはアメリカで仕切る!と当時は息巻いていった。本社無視の姿勢。当時はネットがなかった。コミュニケーション上の問題が発生した場合、アメリカだけで完結できた。

今は違う。この前のトヨタのリコールが良い例である。トヨタは6ヶ月動かなかった。北米だけで対応出来ると思っていた。

これからはコミュニケーションに関しては日本本社で仕切ることが重要になってくる。

本社で戦略グローバル広報の機能を強化する時代になる。
 @shintanaka 3月26日 9:28のツイート 
コミュニケーションで最も厄介な相手は自分。「我思う、ゆえに我あり」デカルトの言葉。我思うところが始末が悪い。碌でもない事を考えるのが人間。考えれば考える程に誇大妄想の世界。結果何事も起きない。解決策、とにかく動く。心や意識はあとからと割切る覚悟。自分とのコミュニケーションの要諦。
人間は妄想する動物。思考することと妄想することとの境界線があまり明確でない。

思考していると思っていることが、実は妄想であることしばしば起こる。

ここが怖い。

これに呪縛される。

大いに悩む。

かなり悲観的になる。

怖くなって動きが取れなくなる。

ここがヤバイ。

人間は基本的に弱く、怠け者。ほって置くと、この妄想に喰われてしまう。

この妄想地獄から抜け出すには、小さくてもいいので、とにかく動くこと、何らかの行動をとること。

そこから何かが見えてくる。すると、そこに妄想ではなく、思考が、意識がついてくる。

これ結構、本質的な真理。
 @shintanaka 3月26日 9:35 のツイート 
ボケと突っ込みは日本のコミュニケーションの強かさ。ボケることによって一旦相手の土俵にのる。乗ってくれたと相手が安心した所を突っ込む。欧米流は相手を土俵に乗せようと躍起になる。お互いが張り合う。対立を生む。関西人の方が関東人よりコミュニケーション巧者。対立を生まない日本流の妙味。
土俵の奪い合いが欧米のコミュニケーションの本質。

そこには是非の構造がある。こちらが是で相手が非。

こちらが正しいという前提で相手を説得する。

説得のコミュニケーション。

デイベートがいい例である。一神教的な発想で、対立を前提としている。

日本の場合は納得のコミュニケーション。

相手との折り合いをつけられる落とし所を探す。

よって相手の土俵に一旦乗ってしまう。

相手が呆気に取られているうちに攻めるというやり方。これがボケと突っ込みである。

多様性に対する寛容な態度、自分の考えに固執しない柔軟性が日本のコミュニケーションの強み。

日本人は主張がないとか、優柔不断だとか、ハッキリしないなどと批判されるが、気にすることは全くない。

多様性と柔軟性を兼ね備えた日本のコミュニケーションがこれからますます世界で求められてくる。

*「コミュニケーション百景」。このシリーズのモットーは“コミュニケーションを24時間考える”です。寝ても覚めてもコミュニケーションを考えることを信条にしています。コミュニケーションでいろいろと思いつくことを書き綴っていきたいと思っています。

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田中 慎一フライシュマン・ヒラード・ジャパン 代表取締役社長
 
1978年、本田技研工業入社。
83年よりワシントンDCに駐在、米国における政府議会対策、マスコミ対策を担当。1994年~97年にかけ、セガ・エンタープライズの海外事業展開を担当。1997年にフライシュマン・ヒラードに参画し日本オフィスを立ち上げ、代表取締役に就任。日本の戦略コミュニケーション・コンサルタントの第一人者。近著に「
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2011年4月25日月曜日

信長と銭2(コミュニケーション百景* 第6回)

(からの続き)通常、「銭」は戦場の旗印に似つかわしくない。

当時はカネより兵力、武力で合戦に勝つという考え方が基本であったし、武田信玄の「風林火山」の馬印、あるいは徳川家康の「厭離穢土 欣求浄土」の軍旗に見られるように、旗印や馬印はその軍団の哲学、信仰などを表すのが一般的であった。

唯一、信州真田家が旗印に六紋銭を使用していたが、これは人間が死後「六道」の迷界のいずれかに生まれ変わるため、その入り口で一文づつ木戸銭を払うという輪廻の考え方、そして人間の殺生という罪を救ってもらえるという地蔵信仰の考え方が原点にある。しかし信長の永楽銭には、そうした仏教的色彩はない。

信長が見据えていたもの、それは一つには、永楽銭が経済の基本であり、それがあれば鉄砲、傭兵、米の調達、公家の懐柔まで何でも出来る、「銭」こそが天下をとる上で最も必要な手段であるという概念であるが、それだけではない。

永楽銭の旗印の持つ象徴的な意味は、

1)新し物好きの信長独特の、人々の意表を突く手段としての意味合いとともに、

2)「銭」を介在とする経済、商業がこれからの戦を支配するという、新時代の幕開けを敵にも味方にも知らしめ、自らその旗手となることを宣言しつつ、

3)当時ニッポンで唯一全国津々浦々まで通用する永楽銭をシンボルとすることがすなわち、自分の錦の御旗が全国に通用するという意識、信長の力が全国に行き渡り、信長こそが天下に号令するという認識をつくる事に繋がる、

そうした意味までもが含まれていたのではないか。

つまり、今日でいえば携帯電話あるいはウィンドウズのように、非常に便利で、世界中どこでも通用し、皆が価値を認めているデファクトスタンダードを支配する、さらにはそうしたデファクトスタンダードになるのが信長である、という意識である。

こうしてみると、信長が永楽銭の旗印を持って行おうとしたことは、人々の価値観を抜本的に変える、「意識改革」までもが含まれていることが分かる。

私がかつて学んだビジネススクールでは、

リーダーシップの3要素として
「先のビジョンを示し、それに向けて人々を方向づけ、モチベートしていく」
ことを学んだが、信長は戦国武将の中で混沌の時代にいち早く「銭」の価値に目を付け、この先のどういう時代が来るのかを「銭」によって人々に示し、そして「銭」を獲得すべく家臣団を動機づけていった、変革期のリーダーにふさわしいリーダーシップを発揮した存在であったのではなかろうか。

いま日本経済は景気低迷、株価も底割れし、混沌として先が見えない状況といわれるが、「銭」にいち早く目を付けた信長のようなビジネスリーダーの登場が一日も早く望まれることだけは間違いない。

*「コミュニケーション百景」。このシリーズのモットーは“コミュニケーションを24時間考える”です。寝ても覚めてもコミュニケーションを考えることを信条にしています。コミュニケーションでいろいろと思いつくことを書き綴っていきたいと思っています。

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田中 慎一フライシュマン・ヒラード・ジャパン 代表取締役社長
 
1978年、本田技研工業入社。
83年よりワシントンDCに駐在、米国における政府議会対策、マスコミ対策を担当。1994年~97年にかけ、セガ・エンタープライズの海外事業展開を担当。1997年にフライシュマン・ヒラードに参画し日本オフィスを立ち上げ、代表取締役に就任。日本の戦略コミュニケーション・コンサルタントの第一人者。近著に「
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2011年4月22日金曜日

信長と銭1(コミュニケーション百景* 第5回)

信長と「銭」- この一見奇異な組み合わせは、信長を知る上で欠かせないキーワードのひとつである。

信長こそが、あるいは信長だけが、並居る戦国大名の中でただ一人「銭」に目をつけ、経済至上主義の時代の到来を予想しそれをいち早く人々に知らしめた。

それによって、天下布武への階段を誰よりも速く駆け上がる事ができたのであるが、実は我々現代人にとっても、このキーワードは極めて大きな意味を持つのである。

天正3年5月21日早朝、最強を謳われた武田騎馬軍団を率いる武田勝頼は、父信玄でさえ落とせなかった高天神城を陥落させ、長篠の設楽原において、織田・徳川連合軍と対峙した。

山県昌景を先方に突撃する武田軍に対し、織田・徳川軍の鉄砲3000丁(一説によると1000丁)が火を吹く…… 。

「長篠合戦図屏風」に描かれる織田本陣の図を見ると、「銭」をあしらった信長軍の旗が幾つも林立していることに気付く。

信長の旗印は、当時明からの渡来銭として日本全国で広く流通していた「永楽銭」である。

永楽銭はもともと「根本渡唐銭」と呼ばれ、明から輸入された銭貨である。

中世日本では、国家が独自に銭貨を鋳造する事が無く、12世紀より既に貿易を通じて流入した主に中国渡来銭が通貨として流通していた。

この背景は中国銭が「唐物」であることの価値と信用に加え、貿易や交易において中国銭が交換媒体として高い機能を持つと認識されたことにあると思われる。

なお信長はこの永楽銭を旗印だけでなく、刀のつばにもデザインとして使用している。

織田家の代々の家紋は木瓜紋であるが、信長が自分のシンボルとしてあえて使用したのがこの「銭」である。

(つづく)

*「コミュニケーション百景」。このシリーズのモットーは“コミュニケーションを24時間考える”です。寝ても覚めてもコミュニケーションを考えることを信条にしています。コミュニケーションでいろいろと思いつくことを書き綴っていきたいと思っています

~~~~~~~~~~~~~~~筆者経歴~~~~~~~~~~~~~~~~~
 
田中 慎一フライシュマン・ヒラード・ジャパン 代表取締役社長
 
1978年、本田技研工業入社。
83年よりワシントンDCに駐在、米国における政府議会対策、マスコミ対策を担当。1994年~97年にかけ、セガ・エンタープライズの海外事業展開を担当。1997年にフライシュマン・ヒラードに参画し日本オフィスを立ち上げ、代表取締役に就任。日本の戦略コミュニケーション・コンサルタントの第一人者。近著に「
オバマ戦略のカラクリ」「破壊者の流儀 不確かな社会を生き抜く”したたかさ”を学ぶ 」(共にアスキー新書)がある。

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2011年4月20日水曜日

ロビイング、熾烈な情報戦(後篇)(戦略コミュニケーションの温故知新* 第11回)

前回からの続き)

更にアメリカ勢は自主規制の枠そのものを引き下げるべく強力にロビイング活動を展開してきた。

この様な事態の中、従来の情報収集中心のワシントンの活動を見直す必要が出てきた。

一方、現地生産でかなり先行していたホンダにとっては別の課題が浮上してきた。

車を輸入、アメリカの市場で販売するだけの事業であれば、基本的にステークホルダー(利害関係)はユーザーと販売店である。

ところが現地生産を開始すると状況は一変する。

今までとは違うステークホルダーが出現する。

まずは従業員である。生産となると数千単位で数が増える。数が増えるだけではない。

従来の販売スタッフはホワイトカラーだが、工場となるとブルーカラーである。

しかも組合のターゲットになり、組合化のための激しい攻撃に晒される。

そして最大の課題は日本人でないアメリカの工場従業員にホンダの生産方式とその背後にあるホンダ哲学をるしっかりと習得してもらえるかである。

それが担保出来ないと日本製と同等の品質がつくり込めない。

大規模な人数のアメリカ人労働者を使う経験も初めてである。

*「戦略コミュニケーションの温故知新」。このシリーズでは一度、原点回帰という意味で私のコミュニケーションの系譜を振り返り、整理し、そこから新たな発想を得ることが狙いです。コミュニケーションの妙なるところが伝えられれば幸いだと考えます。

~~~~~~~~~~~~~~~筆者経歴~~~~~~~~~~~~~~~~~

田中 慎一フライシュマン・ヒラード・ジャパン 代表取締役社長
1978年、本田技研工業入社。
83年よりワシントンDCに駐在、米国における政府議会対策、マスコミ対策を担当。1994年~97年にかけ、セガ・エンタープライズの海外事業展開を担当。1997年にフライシュマン・ヒラードに参画し日本オフィスを立ち上げ、代表取締役に就任。日本の戦略コミュニケーション・コンサルタントの第一人者。近著に「
オバマ戦略のカラクリ」「破壊者の流儀 不確かな社会を生き抜く”したたかさ”を学ぶ 」(共にアスキー新書)がある。

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