2011年3月11日金曜日

ロビイングという“権利”(後編)(戦略コミュニケーションの温故知新* 第9回)

前回からの続き)

広義にロビイングを定義すると、前述したGovernment Relations、Public Affairs、Public Advocacyなども含まれる。

そこには3つの基本要件が必要である。

①国益と企業益をどのように一致させるか。

②世論の支持をどう取りつけるか。

③政策決定者や影響者にどうアクセスするか。

よくロビイストというと政策決定者とのコネクションで政策に影響を与えると勘違いしている人が多い。

確かに、そのようなケースは皆無とは言えないが、単に人を知っているだけでは意味がない。

日本ではこの手の輩が横行している。それはあくまで斡旋屋でしかない。

基本的に政策決定者を動かすのは世論である。

特に先進国社会ではカネや組織票の影響は急速に薄れてきている。

世論を動かすには国民が共感する課題設定が鍵を握る。

だからこそ公に開示された情報に基づいて国民が共感できる課題を設定、
その課題解決が国益と企業益にもつながるという設計図を描く。


それを直接、政策決定者に説く。

同時にマスコミ、有識者、グラスルーツ活動を通じて社会的共感をつくり、間接的に政策決定者にメッセージを撃ち込む。

これがロビイングの基本構図である。

そのためには、ロビイングのプロセスが国民にオープンになっていることが重要となる。

密室では世論は醸成できない。

例えるならば、政策決定者にメールで説得しているのに対して、ツイッターで政策決定者を口説いているようなもので、皆がどう口説くのかを見ている。

口説き方によって、世論の支持が決まる。

世論をどう味方につけるかがロビイングの肝である。
*「戦略コミュニケーションの温故知新」。このシリーズでは一度、原点回帰という意味で私のコミュニケーションの系譜を振り返り、整理し、そこから新たな発想を得ることが狙いです。コミュニケーションの妙なるところが伝えられれば幸いだと考えます。

~~~~~~~~~~~~~~~筆者経歴~~~~~~~~~~~~~~~~~

田中 慎一フライシュマン・ヒラード・ジャパン 代表取締役社長
1978年、本田技研工業入社。
83年よりワシントンDCに駐在、米国における政府議会対策、マスコミ対策を担当。1994年~97年にかけ、セガ・エンタープライズの海外事業展開を担当。1997年にフライシュマン・ヒラードに参画し日本オフィスを立ち上げ、代表取締役に就任。日本の戦略コミュニケーション・コンサルタントの第一人者。近著に「
オバマ戦略のカラクリ」「破壊者の流儀 不確かな社会を生き抜く”したたかさ”を学ぶ 」(共にアスキー新書)がある。

☆twitterアカウント:@ShinTanaka

2011年3月9日水曜日

ロビイングという“権利”(前編)(戦略コミュニケーションの温故知新* 第8回)

ロビイングの権利が憲法で保障されているという事実は驚きであった。

「政府にモノ申す」ことが国民の権利だと規定しているようなものである。

確かに民主主義の基本を考えれば、政府が民意を軽んじれば政府に国民が苦情を申し立てる(right to petition government)ことは当然と言えば当然。

その延長線上に「民から官にモノ申す」というロビイングの発想が生まれ、
アメリカの民主主義社会を支えるひとつのしくみとなっている。


アメリカは政府に対して“性悪説”を持っている。

だから「民がしっかりしないととんでもないことになる」と言った発想が根強い。

日本は政府に対して逆に“性善説”をとる。「官がしっかりしないといけない」と。

いずれにせよ、そこにロビイストという優秀な人材が集まり、コンサルテイングのひとつの柱ができる。

日本ではロビイングは誤解されている。

水面下で裏情報ばかりを扱い、政策に影響を与える仕事のようにイメージされている。

実際は情報開示の徹底とプロセスの透明性がアメリカのロビイングを成り立たせている。

(つづく)

*「戦略コミュニケーションの温故知新」。このシリーズでは一度、原点回帰という意味で私のコミュニケーションの系譜を振り返り、整理し、そこから新たな発想を得ることが狙いです。コミュニケーションの妙なるところが伝えられれば幸いだと考えます。(前回はこちらから)

~~~~~~~~~~~~~~~筆者経歴~~~~~~~~~~~~~~~~~

田中 慎一フライシュマン・ヒラード・ジャパン 代表取締役社長

1978年、本田技研工業入社。
83年よりワシントンDCに駐在、米国における政府議会対策、マスコミ対策を担当。1994年~97年にかけ、セガ・エンタープライズの海外事業展開を担当。1997年にフライシュマン・ヒラードに参画し日本オフィスを立ち上げ、代表取締役に就任。日本の戦略コミュニケーション・コンサルタントの第一人者。近著に「
オバマ戦略のカラクリ」「破壊者の流儀 不確かな社会を生き抜く”したたかさ”を学ぶ 」(共にアスキー新書)がある。

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2011年3月8日火曜日

「信長」をコミュニケーションの視点から考えるようになった理由2(コミュニケーション百景* 第4回)

(前回からの続き)

コーポレート・ブランディングの本質は、一言で言うならば、ある目的に向かって、システマチックに人々の意識変革を行い、人々の行動を駆り立てる一連のプロセスである。

 別の表現をすれば、「リーダシップ」をコミュニケーションの視点から捉えたものである。

人間の社会であるから、何か事を成そうと考えたとき、人を動かさない限り何事も実現しない。

この、至って当たり前ではあるが、厳然とした事実を考えたとき、90年代のビジネス・リーダーたちだけが実践してきたものではないことに気づく。
人類がこの世に誕生して以来、リーダーと呼ばれる人々は何らかの方法で創意工夫し、人々を動かし目的を実現してきた。
コーポレート・ブランディングとは、多くのリーダー達が実行してきたことをシステマチックに、あるいは体系的に捉え、コミュニケーションという視点からより解り易いプロセスとして落とし込んだものである。
シーザー、ナポレオン、そして信長などの歴史上のリーダーたちが、どのように人々を動かしビジョンや目的を実現してきたのかを、コーポレート・ブランディングの視点から分析してみると、リーダーシップとコミュニケーションの関係がより鮮明になるのではないか。


今までリーダー論が語られるとき、コミュニケーションという切り口で説明されるケースがあまりなかったのではないか。
この際、「信長」という日本人の誰もが知っているリーダーを、コミュニケーションのアングルから見直してみると、新たな「信長」像が浮かび出てくるのではと考え、ブランディングという視点からの信長考察を始めた次第である。


*「コミュニケーション百景」。このシリーズのモットーは“コミュニケーションを24時間考える”です。寝ても覚めてもコミュニケーションを考えることを信条にしています。コミュニケーションでいろいろと思いつくことを書き綴っていきたいと思っています。

~~~~~~~~~~~~~~~筆者経歴~~~~~~~~~~~~~~~~~

田中 慎一フライシュマン・ヒラード・ジャパン 代表取締役社長

1978年、本田技研工業入社。
83年よりワシントンDCに駐在、米国における政府議会対策、マスコミ対策を担当。1994年~97年にかけ、セガ・エンタープライズの海外事業展開を担当。1997年にフライシュマン・ヒラードに参画し日本オフィスを立ち上げ、代表取締役に就任。日本の戦略コミュニケーション・コンサルタントの第一人者。近著に「
オバマ戦略のカラクリ」「破壊者の流儀 不確かな社会を生き抜く”したたかさ”を学ぶ 」(共にアスキー新書)がある。

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2011年3月4日金曜日

「信長」をコミュニケーションの視点から考えるようになった理由(コミュニケーション百景* 第3回)

先日、ある世論調査で菅内閣の支持率が発足以来最低を記録した。

混沌とする時代には、それを打破してくれるリーダーの役割が強く期待されている、ということであろう。

今回の「コミュニケーション百景」から以前書きためていた、ある“リーダー”のコラムを振り返り、現代のヒントを見出したていきたいと思う。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
変化の時代のリーダーとして、昔から多くの方々が「信長」を語ってきた。

司馬遼太郎、津本陽、童門冬二、堺屋太一、そして最近では『本能寺』で話題になった池宮彰一郎や『信長燃ゆ』の安部龍太郎など、それぞれ独特の視点で「信長」を捉え、変革期のリーダーとして描いている。

私自身は、歴史小説家でもなければ、歴史を専門に追いかけてきた人間でもない。私の専門はコミュニケーションである。企業戦略とコミュニケーション戦略、リーダーシップとコミュニケーション、ブランドとコミュニケーションといった事柄に関して、コミュニケーション・コンサルタントとして日々の実践を通じて研究してきた。

人間社会の様々な事象の背後にあるコミュニケーションという世界を探求してきた者である。

その私が、なぜ「信長」を論ずるのか。
 
ある勉強会で、最近、話題のコーポレート・ブランディングの話をしていた時に、参加者のひとりのある経営者から
「コーポレート・ブランディングの考え方はよくわかるが、出てくる例は、皆な外国人の経営者ばかり。誰か日本人の経営者の例はないのか」
と質問された。なるほど、もともとコーポレート・ブランディングの考え方は90年代アメリカで試行錯誤の中、生まれてきたものであるから、日本人の例などまだないという思い込みがあった。日本人で誰かいないかと考えた時、咄嗟に思いついたのが「信長」である。

実は、信長に関しては、昔から個人的に興味を持っていたが、自分の専門であるコミュニケーションという観点から眺めたことはなかった。この勉強会以来、「信長」をコミュニケーションという視点から考えるようになった。
 
(つづく)
 
*「コミュニケーション百景」。このシリーズのモットーは“コミュニケーションを24時間考える”です。寝ても覚めてもコミュニケーションを考えることを信条にしています。コミュニケーションでいろいろと思いつくことを書き綴っていきたいと思っています。(前回はこちらから)

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田中 慎一フライシュマン・ヒラード・ジャパン 代表取締役社長

1978年、本田技研工業入社。
83年よりワシントンDCに駐在、米国における政府議会対策、マスコミ対策を担当。1994年~97年にかけ、セガ・エンタープライズの海外事業展開を担当。1997年にフライシュマン・ヒラードに参画し日本オフィスを立ち上げ、代表取締役に就任。日本の戦略コミュニケーション・コンサルタントの第一人者。近著に「
オバマ戦略のカラクリ」「破壊者の流儀 不確かな社会を生き抜く”したたかさ”を学ぶ 」(共にアスキー新書)がある。

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2011年3月2日水曜日

ロビイングの本質を実感する(後編)(戦略コミュニケーションの温故知新* 第7回)

(前回からの続き)
はじめは、それらのレポートを読むことに努力したが、すべて英文でもあり、数週間で諦めた。いったい誰がこれらのレポートを読むのかと訝った(いぶかった)ものである。ただ実感したことは収集している情報の殆どが公の情報であるという事実である。

ロビイングと言えば、裏情報ばかりを扱っているものと想像していたが、実際は誰でもが入手できる情報がほとんどなのである。

別の視点から言うとアメリカではかなり多くの情報が公にされているということである。政策や法案が決まるプロセスが相当に透明である。そこでやり取りされる情報は誰もがアクセスできる。

重要なのは、それらの情報から何を読み取るか、さらにはそれらの情報をどう意味づけるか、そして、その中である個別の政策や法案に対する企業の立ち位置をどうつくり、伝えていくかがロビイングの中核業務であることが分かってきた。

言い換えれば、様々な情報が公にされているからロビイングが成り立つのである。

情報開示と透明性がロビイングという活動を支えている。

実際のところロビイングは国民の権利としてアメリカの憲法で保障されているのである。

この事実は“目から鱗(うろこ)”であった。

*「戦略コミュニケーションの温故知新」。このシリーズでは一度、原点回帰という意味で私のコミュニケーションの系譜を振り返り、整理し、そこから新たな発想を得ることが狙いです。コミュニケーションの妙なるところが伝えられれば幸いだと考えます。

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田中 慎一フライシュマン・ヒラード・ジャパン 代表取締役社長

1978年、本田技研工業入社。
83年よりワシントンDCに駐在、米国における政府議会対策、マスコミ対策を担当。1994年~97年にかけ、セガ・エンタープライズの海外事業展開を担当。1997年にフライシュマン・ヒラードに参画し日本オフィスを立ち上げ、代表取締役に就任。日本の戦略コミュニケーション・コンサルタントの第一人者。近著に「
オバマ戦略のカラクリ」「破壊者の流儀 不確かな社会を生き抜く”したたかさ”を学ぶ 」(共にアスキー新書)がある。

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2011年3月1日火曜日

「信頼をする」のではなく、「信頼をつくる」(戦略コミュニケーションで斬る*第6回)

「信頼をする」のではなく、「信頼をつくる」。

あるスポーツ・コメンテーターがザッケローニ監督は選手を信頼しているから日本はサッカーアジア大会で優勝できたと言及した。これは逆である。重要なことは監督が選手を信頼するのではなく、監督が選手に信頼されることである。

監督が選手から信頼されているから、選手は監督の戦略に従い一生懸命仕事をする。

では監督は選手から信頼されるためには何をするのか。

ザッケローニ監督は
「選手のスキル、テクニック、技術を知るだけではダメ、選手の性格を知らないと個々の選手に何を期待できるかわからない。」
と言っている。ここで重要なのは、選手に何を期待できるのかを見極めることである。

ホンダの創始者本田宗一郎さんが
「人生は“得手に帆を上げて”生きるのが最上。会社の上役は、下の連中が何が得意であるかを見極めて人の配置を考えるのが経営上手というものだ」
と語っている。これは言い換えると、個々の選手の強みを把握、何を期待できるかを見極め、戦略実現のための選手の配置を考えるということである。これによって選手は自分の強みが活かされているという自覚が生まれる。これが監督への信頼につながる。

選手との日頃のコミュニケーションを通じて、個々の選手から何を期待できるのかを見極めるザッケローニ監督の努力が優勝に結びついたと言える。

本田宗一郎さんは一方で
「社員の方も“能ある鷹は爪をかくさず”で、自分の得手なものを上役に申告することだ」
とも言っている。選手の方も、自分の得手、強みを監督にしっかりと認識してもらうことが重要。しかしながら、その得手・強みは自他共に認められるものでなくてはならない。独り善がりのものでは「能なし鳶(とんび)は爪をかくさず」になってしまう。

自分に何が期待されているのか、自分はその期待に何で貢献できるのか、その貢献が自他共に認められるためにはどうするか、その中で自分の立ち位置をしっかりつくることが求められる。

そもそも信頼をつくるとは双方向的なものである。

一方が他方に信頼しても他方からも信頼されなければまったく意味がない。ただし、双方向的とは言え、やはり、先に「信頼をつくる」ことを仕掛けるのはリーダーの仕事である。

信頼の醸成はまさにリーダーシップ・コミュニケーションの本質である。

*「戦略コミュニケーションで斬る」。このシリーズでは、様々な時事的な事象を捉えて、戦略コミュニケーションの視点から分析、戦略コミュニケーションの発想から世の中を見ていきます。(前回の「戦略コミュニケーションで斬る」はこちらから)

~~~~~~~~~~~~~~~筆者経歴~~~~~~~~~~~~~~~~~

田中 慎一フライシュマン・ヒラード・ジャパン 代表取締役社長

1978年、本田技研工業入社。
83年よりワシントンDCに駐在、米国における政府議会対策、マスコミ対策を担当。1994年~97年にかけ、セガ・エンタープライズの海外事業展開を担当。1997年にフライシュマン・ヒラードに参画し日本オフィスを立ち上げ、代表取締役に就任。日本の戦略コミュニケーション・コンサルタントの第一人者。近著に「
オバマ戦略のカラクリ」「破壊者の流儀 不確かな社会を生き抜く”したたかさ”を学ぶ 」(共にアスキー新書)がある。

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