2012年7月26日木曜日

リーダーシップと対話力(孫子を実践的に読み解き直す2)

リーダーシップの本質は相手を動かすことである。

リーダーは様々な相手を事業戦略実現のために動かす。社員、組合、顧客、取引先、政府当局、投資家、地域社会、世論などである。所謂、ステークホルダー(利害関係者)である。リーダーは対話で相手、すなわちステークホルダーを動かす。

対話とは相手の意識への働き掛けである。対話を通じて何らかのメッセージが相手に伝わり、その意識が変わる、相手が動く。対話とは人を動かす力の行使とも言える。対話力の是非がリーダーシップ発揮の有無を決める。


しかしながら、リーダーの対話力だけではステークホルダーは動かない。リーダー自身の対話力に加え、自らが率いる組織の対話力を高めることが事業戦略実現に向けてステークホルダーを動かす鍵を握る。

自分の対話力と同時に組織の対話力を築くことが、これからのグローバル・リーダーには求められてくる。

慨して日本のリーダーは欧米、中国、韓国、インドなど世界に比べると、相手を動かす対話力に対する認識が低い。

先日、日本の主要なテレビ、新聞、経済誌の記者に調査、日本企業トップの取材での対話力を聞いて見た。ダントツ・トップが日産のカルロス・ゴーン氏であった。日本人の経営者ではなかった。ゴーン氏はリーダーとしての対話力が優れているだけでなく、日産という組織の対話力も高めたことが評価されている。着任早々、まず手を付けたのが社内外の広報体制の強化である。日産が直面する窮状を乗り切る上で組織の対話力が必要だった。

GMの再生を果たした元会長のウィデカー氏も組織の受信と発信機能を一元化したコミュニケーション部門をCEO直属とし、GMの対話力の強化を推し進めた。連邦倒産法の適用、巨額の公的資金を投入などあらゆる利害関係者、更には世論との対話が企業再生成功への鍵を握ったからである。

日本では新しい経営陣となった東電が今後どれだけ組織の対話力を強化、国民との対話を促進できるのかが最大の課題である。原発の再稼動の問題における政府の対話力も今大きく問われている。

孫子は戦争を国家の存亡を掛けた一大事業と考える。国家の事業戦略をどう実現するのか、そのために全てのステークホルダーをどう動かすのか、国家の対話力をどう行使するのかを徹底的に追求した書と言える。

言い換えれば、国家の対話力の延長線上に戦争を考える。著書の中で「戦争は、他の手段をもってする政治の延長」と述べた西の孫子とも揶揄される「戦争論」を記したクラウゼビッツの考え方と通じるところがある。

2012年7月20日金曜日

孫子を実践的に読み解き直す

人間の最大の敵は人間の意識である。有史以来、これは変わらない。

今、世界が直面している様々な問題においても突き詰めていくと最終的には人の意識が変わらないという一点に行きつく。「敵は内にあり」で人間自身の問題なのである。

人間の意識の中に人間の最大の敵が隠れている。

ホンダの創始者本田宗一郎さんが「人の意識は大型タンカーの様にイナーシアが強い」という事を話してくれた事がある。イナーシアとは物理学で習う慣性の法則の慣性を意味する。慣性とは摩擦がゼロとするとある物体に一定の力をかけると、その物体は一定のスピードで一定の方向にずっと走り続ける性質のことである。

本田さんは人間の意識も同じように強い慣性を持っていると言う。大型タンカーのようなものだと。大型タンカーは舵を切っても5~6kmは直進してしまう。人間の意識も同じで直ぐには方向を変えられない。

経営が直面する最大の課題は変わらない人間の意識をどう変えていくかである旨を話されたことがある。1989年、日本人として初めてアメリカの自動車業界の殿堂入りの式典に参加するためにデトロイトに来られた時の話である。自分は当時ホンダのデトロイト事務所の責任者をしていた時の話である。

これが人の意識を変えるコミュニケーションという力が経営にとって如何に重要かという事を認識した時でもあった。戦略コミュニケーションの世界で生きることを決めた瞬間でもある。

経営の最大の悩みは人が思うように動いてくれない、人が想定外の動きをする、言い換えれば社員が事業戦略実現に思うように動いてくれない、顧客が自信を持って勧めている商品を買ってくれない、投資家が事業に投資してくれない、当局が事業戦略戦略実現のための障壁を理解してくれない、世論が事業活動の成果を正当に認めてくれないなどなど、経営の本質はこの変わろうとしない人の意識と向かい合い、人を動かすことである。

古今東西の多くの古典がこの人の意識とどう向き合うかという厄介なテーマを取り上げてきた。中でも秀逸なのが「孫子」である。兵法書というよりも人間意識の研究書と言ったほうがピッタリくる。

孫子は最古の兵法書として多くの人が夫々の立場から読み解いている。兵法や中国古典の専門家以外でも経営的視野から、リーダーシップ論の視点から、更には人生教訓の考えからなど様々な解釈、読み解きがなされている。

しかしながら正直なところ、その多くのものが表層的で、実践的な側面が欠落している印象を拭いきれない。中にはここまでこじ付けるかと驚く程に安っぽい人生指南書如きものもある。26年以上戦略の実現に資するコミュニケーションに携わって来た経験から孫子に接すると

その主題は「人の意識を変える、動かす」の一言に尽きる。

孫子をより実践的な書として現代に蘇らせることが出来たらという強い思いがある。

そこで孫子を戦略コミュニケーションの視点から読み解き直すことにした。孫子は戦略コミュニケーションを体系的に理解する上でまたと無い古典である。

欧米流のコミュニケーションが限界を迎えている昨今、東洋の代表的な古典である孫子の発想を使って、世界で今起こっている最先端のコミュニケーション力学を更なる次元にまとめ上げていくことができれば面白い。