2011年8月5日金曜日

クライシス・コミュニケーションの洗礼を受ける中国政府・後編(戦略コミュニケーションで斬る*第21回)

(前回からの続き)

守りのコミュニケーションとは一言で云うと周りの期待とどう上手く付き合っていくかである。

専門的にはExpectation Management Communication、つまり期待を読み取り、その期待に答えるメッセージを戦略的に出して行くコミュニケーションである。

対外的的な威信の確保という従来の攻めのコミュニケーションでは、これら新たな状況変化には対応できない。クライシス・コミュニケーションの要は、事故や事件が起きた時に何を目標設定とするか、である。

高速鉄道事故においては中国はその従来の基本路線に従い、目標を「対外的な威信の確保」と設定、海外を意識、ハイスピードで復旧、再稼働をする事がその目標実現につながると判断した。国際世論を国内世論に優先させた。

ところが、その一連の動きが被害者遺族、マスメディア、そして国内世論を激怒させる。その結果、当局に対する国内世論の批判は国際世論に伝播、中国のレピュテーション(評判)を世界的に棄損させることになった。

クライシス対応で最も重要なのが目標設定である。何を目標設定するかによってその後の対応、伝播されるメッセージが変わってくる。

ところが、これが難しい。クライシスの時は当たり前のことが当たり前でなくなる。判断者は様々な状況に影響を受けやすくなるからである。有事の際に適切な判断に基づいて目標設定するのは至難の技であり、同時にクライシス・リーダーシップが最も問われる場面でもある。

今回の高速鉄道事故の場合は、本来あるべき目標設定は被害者への追悼、被害者遺族への配慮、原因究明の徹底、慎重な再稼働である。相手は海外でなく、 国内であった。この構図は従来の中国のコミュニケーションの基本路線の中にはなかった。

3.11の福島第一原発対応でも、クライシスに対する目標設定の是非が問われる。

政府当局の目標設定は原子炉のメルトダウンを回避する事とした。そのため、電源車の確保、ベントの実施など、すべてのエネルギーがメルトダウン防止に振り向けられた。少なくてもはじめの3日間は、対応のすべての動きがメルトダウン回避に集中した。

本来であれば、国民の生命を守ることに目標が設定されるべきである。そうであれば、メルトダウン防止は国民の生命を守る一つの手段にすぎない。射性物質が漏れ出た場合、どう地域住民を避難させるかも同時並行で検討されるべきものであった。

結果、一号機が水素爆発した時に迅速な避難勧告ができず、射性物質の流れ出るルートを政府は予測していたにも関わらず、情報公開がされず、多くの住民が避難先で被爆するという悲劇が起こってしまった。

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*「戦略コミュニケーションで斬る」。このシリーズでは、様々な時事的な事象を捉えて、戦略コミュニケーションの視点から分析、戦略コミュニケーションの発想から世の中を見ていきます。

~~~~~~~~~~~~~~筆者経歴~~~~~~~~~~~~~~~~
田中 慎一フライシュマン・ヒラード・ジャパン 代表取締役社長

1978年、本田技研工業入社。
83年よりワシントンDCに駐在、米国における政府議会対策、マスコミ対策を担当。1994年~97年にかけ、セガ・エンタープライズの海外事業展開を担当。1997年にフライシュマン・ヒラードに参画し日本オフィスを立ち上げ、代表取締役に就任。日本の戦略コミュニケーション・コンサルタントの第一人者。近著に「
オバマ戦略のカラクリ」「破壊者の流儀 不確かな社会を生き抜く”したたかさ”を学ぶ 」(共にアスキー新書)がある。

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