2011年5月9日月曜日

福沢諭吉「独立自尊」の精神に学ぶコミュニケーション(コミュニケーション百景 第12回)

(からの続き)「学問のすすめ」の中で福沢諭吉は「惑溺」した精神を粉砕するために「実学」を通じてより「強靭な主体的精神」を形成し、近代社会の「関係性のジャングル」を生き抜くことの必要性を説く。

「強靭な主体的精神」を形成するとは目前の課題を乗り越えるための価値判断を不断に流動する心構えを持つことであると考える。

言い換えれば「自ら自己の視点を流動化する」力をもつということである。

福沢諭吉は、この「強靭な主体的精神」を「独立自尊」、「独立の気象」と呼んだ。

そのためには価値判断を絶対化せず、相対的に見ること、そして知性の試行錯誤を通じて事物そのものではなく、その「働き」、「他との関係性」、「機能」を見る実験的精神の重要性を強調、物理学を学問の「範型」とした。

福沢諭吉曰く。
「東洋になきものは、有形に於いて数理学と、無形に於いて独立心と此の二点である」
更に、曰く。
「物の貴きに非ず、其働きの貴きなり」
「凡そ世の事物は試みざれば進むものなし」
更に、更に、曰く。
「物ありて然る後に倫あるなり、倫ありて然る後に物を生ずるに非ず。憶断を以って先ず物の倫を説き、其倫に由て物理を害する勿れ」
そして福沢諭吉は「強靭な主体的精神」を形成するための要として自己の偏執を不断に超越する精神的余裕を確保することを主張する。

福沢諭吉、曰く。
「浮世を軽く認めて人間万事を一時の戯(たわむれ)と見做し、其戯(たわむれ)を
本気に勤めてただに怠らざるのみか、真実熱心の極に達しながら、さて万一の時に
臨んでは本来唯之浮世の戯(たわむれ)なりと悟り、熱心、冷却して方向を一転し、
更に第二の戯(たわむれ)を戯(たわむ)るべし。之を人生大自在の安心法と称す」(福翁百話)
現代風に言い換えれば、「人生をゲーム感覚(戯れ)と捉え、ひとつひとつのゲームを真実熱心に本気で勤める」と言ったところか。

このように「真面目な人生」と「戯れの人生」と云う相反するものを同じ精神の器に同居させることが、かえって物事を相対的に捉える精神的余裕を確保することになると福沢諭吉は説く。そしてそれが真の独立自尊の精神があると唱える。

コミュニケーションの世界でも目前の課題解決に取り組む際「自ら自己の視点を流動化する」力をもつということは重要である。

コミュニケーションの世界では「視点の凝集化」、「意識の化石化」、そして「視点の絶対化」は自滅を意味する。

コミュニケーション実践の鍵は自らの「思い込みの呪縛」に捉われない「相対性理論」の習得にある。

将に「独立自尊」の精神である。

*「コミュニケーション百景」。このシリーズのモットーは“コミュニケーションを24時間考える”です。寝ても覚めてもコミュニケーションを考えることを信条にしています。コミュニケーションでいろいろと思いつくことを書き綴っていきたいと思っています。

~~~~~~~~~~~~~~~筆者経歴~~~~~~~~~~~~~~~~~

田中 慎一フライシュマン・ヒラード・ジャパン 代表取締役社長

1978年、本田技研工業入社。
83年よりワシントンDCに駐在、米国における政府議会対策、マスコミ対策を担当。1994年~97年にかけ、セガ・エンタープライズの海外事業展開を担当。1997年にフライシュマン・ヒラードに参画し日本オフィスを立ち上げ、代表取締役に就任。日本の戦略コミュニケーション・コンサルタントの第一人者。近著に「
オバマ戦略のカラクリ」「破壊者の流儀 不確かな社会を生き抜く”したたかさ”を学ぶ 」(共にアスキー新書)がある。

☆twitterアカウント:@ShinTanaka